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○○の息子とか、○○の弟だからとかそんな見方をせずに1頭の
新馬を迎えようと決めていたのに、それはとても無理な事でした
お顔は兄貴たちよりハンサムでしたが、やんちゃなところも同じ
わたりの編み方も同じで、何よりもお母さんの面影がありました
入厩した産駒で新馬戦から2連勝したのは彼が初めてでしたから
出遅れても内にささっても、遊びながら走ってもノープロブレム
名馬にエピソードはつきもの−と周囲の期待はさらに高まります
3戦目はクリスマスツリーが美しく飾られた中山競馬場で、皆の
思いを託したようなレース名の「ホープフルS」に出走しました
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| 日付 |
開催 |
競走名 |
コース
距離 |
馬
場 |
着 |
頭
数 |
人
気 |
馬
番 |
騎手 |
斤
量 |
馬
体重 |
| 97/11/09 |
東京 |
新馬 |
芝1600 |
良 |
1 |
9 |
1 |
8 |
横山典 |
54 |
460 |
| 97/11/22 |
東京 |
500万下 |
ダ1600 |
不 |
1 |
8 |
2 |
8 |
横山典 |
54 |
458 |
| 97/12/21 |
中山 |
ホープフル |
芝2000 |
良 |
2 |
10 |
3 |
5 |
横山典 |
55 |
460 |
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次走は、かつてお母さんのダイナフェアリーも出走した京成杯に登録
兄貴達とは違ったローテーションでクラシックを目指す事になります
けれど左前球節炎を発症、レースを回避し「休養」をするはずでした
ところが・・・
数日後の98年1月20日、美浦トレセン自厩舎馬房内の事故による
左第1指骨粉砕骨折のため安楽死処分−という発表があったのです
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2001年、2歳馬名簿にパルシファルの息子がいました
栗毛の牡馬「ローエングリン」、伝説の騎士の名前です
劇中でこの騎士は、聖杯王パルシファルの息子なのです
あの時パルシファルが無事に春を迎えていたら、きっと
産駒の1頭はローエングリンと名付けられた事でしょう
社台の勝負服で走る、シングスピール産駒の彼を見る時
今ではもう、決してかなわぬ夢を見てみたくなるのです
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