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皆さんの2011年(平成23年)は如何でしたか。
私は、一昨年から本業が多用を極め、、写真もモンゴルも地域活動も手を付けられません。
たぶん今年も続くでしょう。
上の写真は、今年の年賀状で使用した写真です。何で「トンボ」が今年の写真かお解りですか?(答えは最後に)
今年の干支は「龍」、モンゴルでも「辰年」です。
モンゴル語で、龍は「Λуу:ロー」と言います。
2012年(平成24年)、今年もよろしくお願いします。
2012年 元旦
2011ダイジェスト 今年も、近況報告として、2011年を纏めてみました。
東日本大震災により被災されたみなさまに、心よりお見舞い申し上げます。
皆さんのところでは如何でしたでしょうか。
私たち家族は、地震に遭遇した場所(東京・千葉)で、各々が職場や自宅で身の安全を確保し、職務を全うしました。
家の中では、家具の転倒、荷物の落下や床置き家具等の移動も無く、翌日の昼には全員で会うことができました。
1.今年も、家族全員が大病することもなく、元気に過ごせたのが一番です。
家族3人共に元気に過ごしています。
2011年は、震災で閉園し、再開園後のLandのEASTERと、Seaの10周年記念イベントに行く事が出来ました。
写真をクリックすると、デジブックの写真集として、ご覧頂けます。
2.恒例のハワリンバヤル2011は、残念ながら「中止」になりました。
震災で、実行委員会は「実施できない状況にある」と判断され、ハワリンバヤル史の中で2回目の開催中止
決断だと記憶します。
今年、2012年は既に実行委員会も開催され、5月に開催されます。
詳細は、都度ハワリンバヤル公式ホームページで公開されます http://harumatsuri.net/ をご覧下さい。
3.宮城野部屋の千秋楽祝賀会に参加させていただきました。
今年は、1月場所での千秋楽祝賀会に出席したのですが、その後の角界での騒ぎで訪問を遠慮しました。

4.駐日モンゴル国全権特命大使の送別会に参列
書記官時代から10年近くお付き合いさせて頂いた大使が、任務を終えられモンゴル国に帰国されました。
日本には延べ30年だったとの事で、両国親善の第一人者として大変活躍されたとお聞きしています。ありがとうございました。
今年は、モンゴル・日本外交関係樹立40周年(1972年2月24日)もう少し居て欲しかったと個人的には思っています。
外交関係樹立の調印は、私が会社に入った年であり誕生日でもあり、縁を感じます。

「大使、長い間お世話になりました。夜の飲みと、モンゴル写真でしたが・・
いらっしゃる間に、写真展が開催できなくて申し訳ありません」
5.購入品 2011年はこんなものを手に入れました。
万歩計 良くなりましたね。腰に付けなくても3Dセンサーで、どこに付けていても大丈夫。私はキーホルダーに付いています。
1年間、自宅を出てからの歩数を計測しました。年平均で12000歩/日は歩いているようです。
会社の保健師に「もっと痩せて良いのではないか」と聞きましたが、答えは「お酒を飲んでないなら、痩せて良い歩数です」と優しく諭されました。
和時計(腕時計) 珍しいので、すぐ買いました。でも、良く確認しないと現在の時間を間違います。
これは珍しいですよ。大きくは出来ませんが、欲しいものは創られているんですね。感心しました。
24時間計で、干支割が出来ていて、現在の12進法です。最初は針合わせが大変ですし、24時間ですので時間を見誤らないようにしてください。
ファッション性はOKです。誰も見てくれませんけどね。
ニンテンドー 3DS クリスマスプレゼントに3D写真が撮れるからと頂きました。
3Dデジタルカメラとして使ってますが、もったいないですね。ここで撮影しても共有できないんですよね。
でも、いいもの創ってますね。何かゲームを買ってみましょう。ゲーム自体には興味は無いのですが。3Dをどうやったかに興味があります。
計算式では出ますけどね、それでも凄いじゃないですか。昔はスーパーコンピュータでしか計算できなかった。
デジカメ Fujifilm X10 やっと3台目のデジカメを入手。
基本は、モノクロフィルムは変わりません。誤解しないで下さい。
手持ちのデジカメもお気に入り購入から5年は経ちました。Panasonic TZ1 LEICA大口径レンズを備えたこのカメラは今でも画質には
負けないと思います。さて、これに勝る最新技術のカメラを探していましたが、これだというのが「X10」でした。
決定打は、カメラとしてのスペックと、自分の手に馴染む事です。マニュアル撮影が出来て、露出補正が画面操作ではなくダイヤルでできます。
まだ、撮影していません。正月撮影から色んなモードをテストしてみます。
□アナログ放送終了 昭和がまた一つ終了しました。
2011年7月24日12:00のテレビジョンのアナログ放送が終了した。テレビ関係者ではないですが、無くなる寂しさを感じ取りました。
世界で初めて電子式テレビと、テレビ受像ブラウン管の方式を発明したのは、日本人である高柳健次郎。「テレビの父」と称される彼が、
1926(大正15)年に「イ」の文字をブラウン管に映し出すことに成功する。大正15年は、昭和元年でありテレビの元年が昭和元年とも言えます。
1940年(昭和15)に東京(日本)で開催予定していたオリンピック中継が、その翌年に日中全面戦争突入など、国際情勢緊迫によって開催を返上。 テレビジョン本放送計画が取り止めとなり、テレビがお目見えするのは
1953年(昭和28)にシャープより国産第1号の白黒テレビ発売(14インチ/175,000円)されるまで待つことになります。
昭和28年の国家公務員の大卒初任給7,650円で如何に高いか、現在の価格で500万位だろうか。
テレビが足踏みしている時に、テレビには切っても切れない八木・宇田アンテナが海外で急速に実用化されていました。
1920年頃東北帝国大学ではマグネトロンの研究が開始され、金属棒の驚くべき効果を発見します。
1928年、短波研究の状況について講演して高い評価を受けます。刺激を受けたGE社はマグネトロンの研究を強力に推進しています。
日本では無視されましたが、米国では大きな賞賛を受けたのです。
1930年頃、米国で八木・宇田アンテナは悪天候や夜間(視界不良)に飛行機が空港に着陸するときの誘導システムに使用されるようになります。
1940年、英国では飛来するドイツ軍の飛行機を早期に発見し早期警戒用のためのレーダーが多く設置されました。
それには八木・宇田アンテナも使用されましたし、 夜間や悪天候に乗じて飛来する飛行機を迎撃するために戦闘機に
八木・宇田アンテナが取り付けられ、夜間や雲の多い天候でも爆撃機を発見して攻撃できるようになっていました。
1942年シンガポール戦の後で、英国レーダ技師のノートの中に「Yagi antenna」という言葉があり、日本の情報将校が「Yagi」という
記号が日本語であることを知らなくて、捕虜の技術者にその意味を尋ねたら日本人でアンテナの発明者の名前だと聞かされても
信じられなかったという話は有名です。
1941年、米軍がオアフ島の北のオパナ(Opana)に設置したレーダーで、日本軍が真珠湾を攻撃する飛行機を約200km北方に発見しましたが、
味方の飛行機と誤解しこの情報は生かされませんでしたが、この真珠湾のレーダー(Pearl Harbor Radar)には八木・宇田アンテナが
使用されていました。
1942年、「東京初空襲」で日本もレーダーの必要性に気付かされ開発に力を入れ始めます。やっと八木・宇田アンテナと岡部が発明した
マグネトロンに日本人の関心が向けられるのでした。
また同年、ミッドウェー海戦で日本連合艦隊が謎の敗北を喫し、太平洋戦争の敗北が決定的となった。
この日本軍のミッドウェー島への奇襲攻撃を失敗させたレーダーにも、八木・宇田アンテナが使用されていたことが
判るのは終戦後のことです。
1951年、八木アンテナの共同開発者である宇田新太郎は米国を訪問したときに、米国でテレビ放送の受信用に八木・宇田アンテナが非常に多く
使用されているのに驚きました。
広島・長崎に投下された原爆に爆発する高度を測定するために八木・宇田アンテナが使用されていたこと等を知り、驚きと共に
八木・宇田アンテナの皮肉な運命に思いを馳せることになります。
戦後テレビ放送が世界中で開始され広く普及するようになると、この八木・宇田アンテナは世界中の屋根を占領してしまいました。
デジタル放送になっても、搬送波はアナログでありアンテナは八木・宇田アンテナを使います。
□夏期節電に思う
震災の結果、電力不足に陥った関東地区は「計画停電」を余儀なくされ、夏期は電気事業法第27条の発令で前年ピークの
15%削減義務を行う事になり、暑い夏を経験しました。
制限の時間帯は昼間なのに、何故に夜にお年寄りが冷房を入れずに熱中症で亡くなるのですか?不思議でなりません。
国の広報不足でしょうか。
電力は、当初はほんとうに不足だったかもしれませんが、落ちついたら徐々にでも解除すべきだと思います。
何か間違って入るように思えます。自宅で死者が出るなんてナンセンスです。
計画停電で、電力不足を周知する効果は十分に出す事が出来ました。
夏期節電は、この効果の上に出来上がっており、使いすぎると停電する恐れから節電を実施しています。心理作戦か?
ほんとうに電力不足であったか? 計画停電自体が電力会社のデータ取りに使われたような気がしてなりません。
以上です。
皆様、まず健康に配慮し、体調を壊さないよう、ご自愛下さい。
問いの答 : トンボ=Dragon-fly
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